« 食べ物に想う その2 | トップページ | 食べ物に想う その4 »

2006年3月24日 (金)

食べ物に想う その3

私が少年であった戦中の学徒動員時代、動員先で激しい空襲に襲われた。作業を止めて岩盤の固い防空壕に逃げ込んだのであるが、もし100分の1秒も爆弾の投下時間がずれていたら命がなかったかも知れない。至近距離に爆弾が何個も投下された。物凄い響きと振動であった。高射砲も火を噴いて発射されたが相手にならない。後で見ると1個の爆弾で直径何十メートルの円錐形の穴が開いていた。

帰宅といっても鉄道は動かない、日は暮れてくる。駅前ですごく時間が経ってから、代替えの普通トラックがやって来た。何処まで行けるのか分からないのだが、荷台が満員になった。そこからどうやって家まで辿り着いたのか、浮かんで来ない。

待っている間だったか、初めてもしもの時にと言って、母が用意して呉れて、ポケットに忍ばせておいた小さな袋を開けた。炒った大豆が入っていた。大事に10粒か20粒食べた。母は何処で手に入れ持たせてくれたのであろう。

母は偉大である。戦後はもっと食料事情が悪くなった。自分の食べるものを割いても尚、子供に与える食べ物の無かった時代、どんなに辛く、切なかったことだろう。今になってしみじみと思う。 母への想いが募る。

|

« 食べ物に想う その2 | トップページ | 食べ物に想う その4 »

コメント

物のない時代でしたが、人々の心は豊かでしたね。殺伐とした今とは大違いで人情味がありました。

投稿: tomitan | 2006年3月24日 (金) 20時59分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 食べ物に想う その3:

« 食べ物に想う その2 | トップページ | 食べ物に想う その4 »