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2006年3月22日 (水)

桜に想うこと その3

靖国神社は元々勝てば官軍の、勝った側の亡くなった方を祭ってあって、負ければ賊軍の亡くなった方は祭っていない。なのに太平洋戦争で負けてしかもA級戦犯になった方が合祀されているのだろう。素朴な疑問である。

本来、桜と戦さを結び付けてはいけないのである。桜は桜で古より何も変わっていないのである。

私は春、東海道線、おおいそ駅に近い高来神社から登った高麗山、高麗公園。或いは一つ先の にのみや駅に近い吾妻神社、そこから登った吾妻山公園までの中腹にあるもない桜木が好きである。その下の草むらに腰を落として、江ノ島や三浦半島を望み、相模湾の海や空をぼおっと眺めているだけなのだが。

冬は、冷たい風に煽られながら、越前町の山の中腹の、雪の中に咲く水仙の花を見ながら、敦賀半島を望み、黒い越前の海を眺めるのが好きである。

今年は思い切って、おくだりさんになって、青森弘前城の桜と角館の桜を見に行ってみようかな。

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