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2006年3月19日 (日)

櫻に想うことその1.

今年もちらほら桜たよりが聞かれる季節がやって来た。

桜を見ていると、そのレイヤーの裏にある何枚もの桜のレイヤーが表に滲み出て来て翳りをつくる。私が5年生になった4月に、尋常高等小学校は国民学校に変わった。式の時には、奉安殿の扉を開き、校長が礼服に白手袋で「教育勅語」を恭しく掲げて講堂まで運び、読み上げた。「教育勅語」は暗記させられた。

昭和18年に或る中学校に入学する。13,14才の少年であったが、大東亜戦争の真っ只中であった。教練が必須科目で、「軍人勅諭」正しくは「陸海軍軍人に賜はりたる勅諭」で今度はこれを暗記させられた。 1.軍人は忠節を尽す本文とすべし。1.---。<天皇に対する絶対忠誠>。天皇は頂点に立つ大元帥閣下だったのである。

「教育勅語」と「軍人勅諭」は敗戦まで天皇制国家イデオロギーの2大支柱だった様に思う。

軍歌:歩兵の本領  満だのか襟の色 花は吉野に嵐吹く 大和男子と生まれなば 散兵線の花と散れ ---。

同期の桜  貴様と俺とは同期の 同じ兵学校の庭に咲く 咲いた花なら散るのは覚悟 みごと散ります国のため ---。

若鷲の歌  若い血潮の予科練の 七つボタンはに錨 今日も飛ぶ飛ぶ 霞が浦にやでかい希望の雲が湧く ---。

昭和19年、私の親友は予科練に志願し合格した。打ち明けられたのは校庭のの下だった。間もなく私は学徒動員で学業を離れる。彼はとうにいない。彼の実家のある鎌倉の西御門や、二階堂の桜並木、それに”この道はいつか来た道”を思い出させる鎌倉山の桜並木は好きである。でも滲み出て来る翳りは消せない。

大東亜戦争は連合国側の表記で太平洋戦争と呼ばれ、第2次世界大戦とも呼ばれる。

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コメント

桜の季節になると悲喜こもごも、なつかしい思い出が蘇ってきますね。遥かに過ぎ去った昔がまるで昨日のことのように・・・ 一日だけ当時の自分に戻してもらえるとしたら、何歳の時のどの日になさりたいですか?わたしはやっぱり父母と過ごした春の一日にしたいと思います。そんなことが出来たらどんなにいいでしょうね。

投稿: tomitan | 2006年3月20日 (月) 06時44分

透明・不透明・不透明ゼロ・幾枚も、幾枚ものレイヤーが年を重ねる毎、重なり合い、いつか、素晴らしい”桜の園”が描かれるのではないかと・・私は、思います・・・

投稿: kobakoba | 2006年3月20日 (月) 15時14分

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