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2006年3月24日 (金)

食べ物に想う その4

戦中、戦後の少年時代の記憶を書いていると、どうしても暗くなる。悲惨だった戦争の事を、学徒出陣のことを、大空襲のことを、原爆被災のことを、次の世代に語り継いでいかないといけないとよく言われる。語る、話す、聞かせる。書く、読ませる。写真を、遺品を見せる。様々なことが言われ、事実やられてもいる。

でもそれは無理なのである。食べ物で満ち溢れている時代に、食べる物がなかったと、どんなに語ろうと、聞かせようと、読ませようと、見せようと、理屈で理解出来ても、実感として分かる訳がないのである。

体験がないからである。体験してはじめて骨身に滲みて残るものなのである。別の視点からみると実によく出来ているとも言える。

何か大事件が起きると、徹底的に調査対策して、再びこの様なことが起こらない様に再発防止に全力で努めます。と謝罪するが、当事者がいる間は何とか防止できても、時が経ち人が変わると又起きるのに似ている。法も、研修も、マニュアルも役立たないのである。起きてから言う批評家、評論家、有識者と言われる人ほど駄目な感じがする。足が現場に立っていないからである。

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