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2010年4月25日 (日)

夏野菜の植え付け


今年の夏野菜の植え付けは、雨が続いたり、風が強かったり、気温が低かったりして、時期が難しい。

かと言って余り遅くなると順調に生育しなくなる。専業農家でなくても腕の見せ所である。


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2010年4月20日 (火)

弥彦山


‘2010.4.20
新潟県中蒲原郡(越後平野から弥彦山)をうたった歌を紹介しよう。

「はてもなき蒲原の野に紫のかわはりのごとある弥彦かな」 与謝野晶子


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2010年4月18日 (日)

昭和初期の作家


2010.4.18
16日、随筆家の堀多恵子(たえこ)さんが老衰で亡くなったと報じられている。

葬儀は20日、軽井沢追分教会とのこと。

多恵子さんは、昭和初期に活躍した日本の作家堀辰雄(1904~1953)の妻である。

私は辰雄の作品が好きでその殆どを読んでいるが、

中でも「風立ちぬ」(1936~1937)「大和路・信濃路」(1943)が大好きである。


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2010年4月17日 (土)

昭和期の芸者歌手


‘2010.4.16
昭和期の芸者歌手と言えば、①小唄勝太郎姐さん、②市丸姐さん、③赤坂小梅姐さんだと思うがどうであろうか。

皆美貌、美声の持ち主で小梅姐さんは高く太い声であった。

① 小唄勝太郎(1904~1974)ビクター さくら音頭、明日はお立ちか、島の娘、
② 市丸 (1906~1997) ビクター 三味線ブギブギ,茶切節、天竜下れば、
③ 赤坂小梅 (1906~1992) コロンビア 黒田節、おてもやん、小諸馬子歌
など、

特に勝太郎と市丸は同じビクター社でライバルで競い合っていた。

私は東京の劇場で、三人共何回か聞いているが姿がよく艶で裾さばきのしぐさなど見事であった。

勝太郎姐さんが何故一番かと言うと、受賞もしているし、何んと言っても私と同じ新潟県中蒲原郡の生まれであるからである。(現在は新潟市南区になった)


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2010年4月12日 (月)

うぐいす


このところ毎日の様に鶯の鳴き声を聞く。

黄緑色と赤褐色のもみじが誘うのか、

渋い緑の松が誘うのか。

狭い庭なのに中々確認出来ない。

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2010年4月10日 (土)

七つボタンは桜にいかり

‘2010.4.10

今日偶々パソコンで軍歌を見つけ、かなり沢山の軍歌を動画を含め聴いて、複雑な感慨を持った。

太平洋戦争とは何だったのか。今の日本は大丈夫なのか。

靖国神社とは、戦犯とは、天皇とは、国を守るとは、

私が国民学校(小学校)5年生から中学3年にかけて戦争であった。

小学校より前に親父も応召になり、無事帰還している。

スナックなどで前は時折軍歌を歌う方もいたが、今はいない。

昔歌った方も後期高齢者になって、夜出なくなったからではなかろうか。

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2010年4月 8日 (木)

花まつり、甘茶


‘2010.4.8花祭り

灌仏会(かんぶつえ)は、釈迦の誕生を祝う仏教行事である。日本では原則として毎年4月8日に行われる。

釈迦(ゴータマ・シッダッタ)が旧暦の4月8日に生まれたという伝承に基づく。花会式(はなえしき)、花祭(はなまつり)などの別名もある。

花祭りとは灌仏会の代名詞として使われている。
昔、誕生仏に甘茶をかける風景とか花御堂と誕生仏を引く稚児行列を見たものだが、最近は出掛けないから見たことがない。

面白い語源を発見した。

失敗して物をダメにする事を「おしゃかになる」と言うが、これは灌仏会に因むものである。江戸の鍛冶職人の隠語として、あぶり過ぎて鈍ってダメにしてしまった金物に対して、江戸っ子訛りで「しがつよかった(火が強かった)」→「四月八日だ」→釈迦の誕生日、というつながりで成立したとされる。

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2010年4月 5日 (月)

続ヤマハレディースオープン葛城


‘2010.4.5
最終日、さすがプロである。一打を争う息詰まる熱戦が展開された。

先にホールアウトした綾田紘子(22歳)が-3で、プレーオフに入る準備をしていた。

最終組の古閑美保(27歳)と黄アルム(韓国)は最終18番で-3と並んでいた。

古閑と黄は第3打をぴたりとピンに寄せ、古閑が2mを先に沈めると古閑より距離が短かった黄は1.5 mのパットを

外し劇的な古閑の優勝が決まり、賞金1440万円と副賞を手にした。不動は8位であった。

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2010年4月 4日 (日)

ヤマハレディースオープン葛城観戦


‘2010.4.4
昨日、娘の付き添えでヤマハレディースオープン葛城を観戦に行って来た。

バス・電車(浜松→袋井)・ギャラリー送迎バス・会場

私が普通電車に乗るのは、「弁天の花火」以来20年振りである。

私は葛城ゴルフ場で、’2008年に同じ山名コースでプレーしている。

今回、満開の桜を眺めながら、女子プロゴルフを観る。

前日風雨が強くてスタート時間が遅れ、サスペンデット(日没などにより、試合続行が不能になった場合、

一時中断して翌日以降に中断時と同じ状態で再開すること)になったとのこと。

今日は晴れているが、風が強く寒い。この風、寒さが選手を悩ませる。

昔と較べると韓国や台湾の選手が20%を超えている。

服装はカラフルになり、ティショットは確かに飛ばす。

でも昔観たわくわく、ドキドキする様な光景には出会わなかった。

知っている選手では不動裕理が-5でトップに立っていたが、後半バタバタと崩れて後退した。

大昔観た樋口久子、吉川なよ子、大迫たつ子などの試合は感動するものがあったのだが。

ここでも私は「昭和びと」なのかも知れない。

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2010年4月 2日 (金)

収集マッチ箱の整理法は


ラベルを剥がしてアルバムに貼る。・・・手間が掛かるし、マッチ箱としての風格が失われる。

名前順にして何枚かの写真を撮る。 ・・・時代感覚が失われる。

時代順にして何枚かの写真を撮り編集する。・・・うまく時代順になるか、仲間外れは出ないか。

などと理屈をつけて手をつけないでいる。ひとの為にもならないしなあー。


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2010年4月 1日 (木)

昭和の匂い

‘2010.4.1

国産マッチ(燐寸)が誕生して今年で135年だそうである。明治・大正の時代には

お茶や生糸と並んで輸出産業の花であったがとうに消え、

今は多かった昭和48年の2%に激減しているそうである。メーカーは姫路市に集中しているらしい。

私も月2回神棚にお灯明をあげる時位しか使わない。

ぱっとホノオがあがり、僅かに残る燐(りん)の匂いは「昭和」の匂いだとか。

今はオール電化の時代で、更に百円ライターに追われて喫茶店や料理屋からも姿を消した。

私は戦後自分が行った料亭、料理屋、クラブ、スナックなどのマッチを収集して来ており、

370×310×200cmのダンボール箱に一杯になっている.

どの位あるか数えたことはないが、大きさ、形、ラベルも様々で、手に取って

見ると、お店の場所、状況だの人との触れ合いがすぐに浮かんでくる生き証人である。

私も「昭和びと」なのかも知れない。

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